大判例

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東京高等裁判所 平成4年(行コ)53号 判決 1994年10月25日

控訴人

上尾都市開発株式会社

右代表者代表取締役

荒井幸敏

右訴訟代理人弁護士

関井金五郎

清野孝一

被控訴人

田島俊雄

外三九名

右訴訟代理人弁護士

須賀貴

大川隆司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほか原判決の事実摘示(第二 当事者の主張)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表一〇行目「職員を派遣」の次に「(以下「本件派遣」という。)」を加える。

2  同三枚目裏五行目「いる」の次に「(以下「本件支給」という。)」を加える。

3  同八枚目表八行目「上尾市が」を「1 上尾市が」と改める。

4  同八枚目裏二行目「1」を「(一)」と改める。

5  同九枚目裏四行目「2」を「(二)」と改める。

6  同一〇枚目表六行目「3」を「(三)」と改める。

7  同一一枚目表四行目末尾に行を変えて次のとおり加える。

「したがって、控訴人は営利の追及を目的として設立されたものではなく、上尾駅東口第一種市街地再開発事業によって建設された再開発ビルの管理運営及びキーテナント等への床の賃貸業務等ビル全体の繁栄促進を行うことを目的として設立されたものであり、右再開発事業の一環をなすという意味で、その設立目的には高度の公益性が認められる。このような観点からするならば、控訴人が行っていた事業は、地方自治法第二条第三項一二号に規定する「都市計画事業」に該当するのであり、地方公共団体の事務としての性質を有するものである。

(四) 地方公共団体が控訴人のような団体へ職員を派遣する方法としては、①職務命令、②職務専念義務の免除、③休職、④退職の四種類が考えられるところ、右②ないし④の各方法は、派遣職員の申出がなければ不可能であるのみならず、派遣職員にとって不利益であるか、又はこのような長期間の派遣を予定した制度とは考えられない。結局、最も派遣職員にとって不利益が少なく、かつ最も効果的に行政目的を実現できる制度が本件でとられた職務命令による派遺の制度である。」

8  同一一枚目表五行目の「4」を「(五)」と改め、「また上尾市は、」の前に次のとおり加える。

「控訴人の代表取締役は、本件派遣当時上尾市長が兼務していたのであるから、控訴人の事業は、上尾市長の指揮命令系統下にあったものであり、」

9  同一一枚目裏二行目から同一二枚目表五行目までを次のとおり改める。

「2 地方公務員法第三五条は、公務員に対する倫理的性質の規定であり、具体的に何らかの義務を課する規定ではないから、その解釈にあたっても弾力的になされるべきであるところ、派遣先団体の業務が地方公共団体の公務といえるかどうかについての第一次的な判断権は、職員の任命権者である市長が有する。したがって、任命権者の職務命令が職員に対して地方公共団体の公務といえない業務に従事させたとして職務専念義務に違反すると認定される場合とは、結局、任命権者に与えられた裁量権を逸脱又は濫用して明らかに公務とは関係ない業務に従事させた場合に限られるというべきである。

本件派遣の目的は、前記のとおり、正当なものであるから、裁量権を逸脱したとはいえず、職務専念義務に違反する行為とはならない。

3 本件において、派遣された職員はもともと上尾市の職員としての身分を有しているのであるから、上尾市は市の職員に対して当然に支払わなければならない給与等を支給したものであって、地方自治法第二〇四条に基づく公金の支出として法律上の根拠を有するものである。

4(一) 地方公務員法第三五条に規定する職務専念義務は公務員を全体の奉仕者と位置づける憲法第一五条の規定を受けて制定されたもので、職員に対して行為規範を定めたに過ぎず、職員又は地方公共団体に対して具体的な義務や拘束を課する性質の規定ではない。したがって、地方公務員法第三五条は、強行法規であるとは解されないから、仮に同条に違反したとしても、本件協定の私法上の効力には影響を及ぼさないというべきである。

(二) 本件協定が公序良俗に反するかどうかについての判断は、単に客観的な事実関係のみで判断すべきではなく、控訴人の主観的な側面をも考慮したうえで判断されるべきところ、控訴人は、上尾市の主導において設立された会社であること及び職員を第三セクターに職務命令をもって派遣し、かつその給与等も市が負担するという扱いは、実務上も少なからず行われている方法であることからすると、右給与等の負担が違法であるとしても、そのことは控訴人において容易に知り得る事柄とはいえない。したがって、このような場合には、仮に本件協定が地方公務員法第三五条に違反するとしても、それが公序良俗に違反するとまではいうべきでない。

5 仮に、上尾市が控訴人に対して本件派遣をしなかったとしても、当該職員に対して給与を支給しなければならなかったのであり、派遣の有無にかかわらず本件支給をしなければならなかったのであるから、上尾市は何らの損失を被っていない。

6 仮に、本件協定が公序良俗違反で無効であるとしても、派遣職員の行為が職務専念義務に違反し、この点について上尾市がこの問題を生じないようにする措置をとらなかったことは、結局上尾市側の手続上の過誤であるから、不法原因給付として、上尾市は、控訴人に対して不当利得反還請求をすることはできない。したがって、被控訴人らもまたこれを代位行使することはできない。

六 被控訴人らの反論

1(一) 職員を単なる職務命令により、その身分を保有させたまま他の団体に派遣することは、当該団体の事務が地方公共団体の事務と同一視しうるようなものであり、かつ職員に対する地方公共団体の指揮監督権が及んでいると認められるような特段の事情がない限り許されないところ、本件では、控訴人の業務が上尾市の業務と同一視できるような特段の事情は存在しない。

(二) 第三セクターとは、地方公共団体とは別個独立の法人格であって、別法人であるからこそ収支に対する議会の具体的監督などの法令上の諸制限から免れ、機動的な事業運営を行うことができるのである。

(三) 控訴人の主な業務内容は、ビル及びその付属設備と周辺空間の物的管理、入居者の業務に対する貸主としての側面支援のいずれかに分類されるものであり、いずれも集合ビルの管理会社であればほぼ例外なく処理している業務であるから、上尾市の住民福祉に直結する特別な公共性を有するものということはできない。

(四) 控訴人の代表取締役が、たまたま上尾市長であって、同人が実質的に業務を統括していたとしても、市長は個人として控訴人の代表者に就任したにすぎないものであって、このことをもって、控訴人が上尾市の指揮監督を受けていたことにはならない。

(五) また、地方公共団体の事務のうち、公共事務及び団体委任事務は法律又はこれに基づく法令によって規定され、その他の行政事務は条例によって規定されている(地方自治法第一四条第二項)のであるから、市長に派遣先団体の業務が地方公共団体の公務といえるかどうかの第一次的な判断権はない。

2 職務命令が客観的に違法であってもその違法性が一見明白といえる場合でなければ、これを受けた職員はこれを拒むことができないから、当該職員は上尾市に対して給与請求権を失わないと解釈できるとしても、右の問題は当該職員と上尾市との関係の問題であって、その給与相当額を最終的に負担すべき者が上尾市なのか控訴人なのかという問題とは別次元の問題である。

3 地方公務員法第三五条は、公務員の二大義務(職務専念義務及び法令・職務命令遵守義務)にかかわる規定であって、単に倫理的意義にとどまらず、法的義務を課した規定であることは明白である。したがって、これに抵触する本件協定は公序良俗違反として無効である。

なお、本件協定締結当時、控訴人の代表者は上尾市長であったから、上尾市長が、上尾市が派遣職員に対して給与等を支給することが違法であることを知り得べきであったと同様に、控訴人においても、そのことは知り得べきであった。

4 上尾市は、本件支給をしているにもかかわらず、その対価としての労務の提供を受けられなかった。これに対し、控訴人は、派遣職員に対し何ら給与等を支払わないままに、これに相当する労務の提供を受けている。上尾市が被った損害と控訴人が受けた利益とは表裏一体の関係にあり、控訴人は、不当利得として、上尾市の支出した本件支給相当額を返還する義務がある。

5 強行法規に違反して無効とされる法律行為に基づく給付が当然に不法原因給付となるわけではなく、時代の倫理思想に根ざす公序良俗違反のみが民法第七〇条にいう不法原因給付に該当するものというべきであり、本件協定は、強行法規違反性はあっても、反倫理性を本質とするものではないから、不法原因給付にはならない。」

第三  証拠<省略>

理由

一  控訴人の本案前の主張及び本件の事実関係についての当裁判所の判断は、次のとおり付加訂正するほか原判決一二枚目表一〇行目から一八枚目表六行目までと同一であるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目裏三行目「上尾市長」から同四行目「占めている」までを次のとおり改める。

「上尾市が本件派遣をした当時、上尾市長がその代表取締役の地位を占めていた」

2  同一四枚目表九行目「のであり、」から同裏一行目冒頭「ない」までを削除する。

3  同一八枚目表五行目の末尾に行を変えて次のとおり加える。

「控訴人は、本件派遣当時、控訴人の代表取締役は上尾市長が兼務していたのであるから、控訴人の事業は上尾市長の指揮命令系統下にあったと主張するが、上尾市長は、控訴人の代表取締役としての職務上、控訴人の事業を指揮したものであって、上尾市長の職務として控訴人の事業を指揮したものではないことは明らかである。」

二  控訴人が本件派遣によって派遣された職員から労務の提供を受けたのは、本件協定に基づくものであることは当事者間に争いがないので、本件協定の効力について次に判断する。

1  職務専念義務違反について

(一)  控訴人は、派遣職員の行っている事務は上尾市の事務と同視できると主張するが、右主張が認められない理由は、原判決一九枚目表二行目「前述したとおり、」から同裏一行目「性質を異にするものである。」までと同一であるから、これを引用する。

控訴人が、営利の追及を目的として設立されたものではなく、上尾市都市開発事業の一環として設立されたものであるとしても、地方公共団体の行政組織に属するものではないことは明らかであり、その事業は前記認定のとおり多岐にわたり、地方公共団体の事務と同一視できるものではない。

(二)  <証拠略>によれば、本件協定書には、「上尾市は、控訴人に職員を派遣するときは、職員が現に有する身分のまま派遣する。」との条項があることが認められるところ、職員を、職務専念義務に違反することなく、市の職員の身分のまま派遣する方法として、職務専念義務の免除による方法と休職による方法が考えられることが弁論の全趣旨により認められる。そして、<証拠略>によれば、上尾市においては、職員が職務専念義務の免除を得ようとするときは、「上尾市職員服務規程」第一〇条に基づき、職務専念義務の免除願いを決裁権者に提出し、決裁権者は、「職務に専念する義務の特例に関する条例」及び「職務に専念する義務の特例に関する規則」の規定に合致すると認めるときは職務専念義務の免除を承認することになっていること、したがって、本件派遣についても、上尾市は、必要があるならば右条例第二条三号に基づき、右規則を改正することにより、職務専念義務に違反しないような措置をとることが可能であったことが認められる。

右の職務専念義務の免除は、職員派遣の方法として予定されたものでないとしても、法律の規定(地方公務員法第三五条)によって条例に委任されている事項であるから、これにより職員を派遣することは、全く公共性のない団体へ派遣するなど権限濫用にあたる場合でない限り、違法の問題が生じることはないというべきである。

そうだとすると、本件協定書の前記条項は、職務専念義務に抵触するような職員の派遣方法を具体的に定めたものではないから、本件協定がそれ自体で直ちに強行法規に反する違法な事項を内容とするものであるということはできない。

上尾市が、本件派遣について、予め職務専念義務違反の問題を生じないような措置をとらなかったとしても、右措置をとることが可能である以上、本件協定の効力に影響はないというべきである。

2  派遣職員に対する給与等の支給について

<証拠略>によれば、本件協定書には、「派遣職員の給料、諸手当及び旅費は、上尾市の負担において支給する。」との条項があり、上尾市は、右条項に基づいて本件派遣によって派遣された職員に給与等を支給してきたことが認められ、右条項は、控訴人が本来支払わなければならない従業員に対する給与等について、上尾市からの派遣職員分を上尾市において負担・支給するという、上尾市と控訴人との間における債務負担の私法上の合意を内容とするものと解される。

そこで、右債務負担の合意を内容とする条項の適否については、その内容及び原因となる本件派遣職員に対する給与等の支給行為が法令に違反し許されない場合かどうかを検討しなければならない。

そもそも、地方公共団体は法令に違反してその事務を処理してはならず、これに違反して行われた地方公共団体の行為は無効とされ(地方自治法第二条第一五、一六項)、地方公共団体のする職員の給与等の支給については、「法律又はこれに基づく条例」に基づくべきことが明定されている(同法第二〇四条の二)のであるから、右支給の根拠については厳格に解さなければならないところ、職務専念義務免除による方法又は休職による方法により派遣される職員の給与等の支給については、条例によって定められることになる(同法第二〇四条)としても、地方公務員法第二四条第一項が、職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならない、同条第四項が、職員は、他の職員の職務を兼ねる場合においても、これに対して給与を受けてはならない、とそれぞれ規定し、現行法上職員を他の団体に派遣できる場合は限定的に規定されている(地方公務員等共済組合法第一八条第一項、地方公務員災害補償法第一三条第一項、地方自治法第二五二条の一七等)こと、さらに、右地方自治法第二五二条の一七第三項が、地方公共団体が他の地方公共団体に職員を派遣した場合においても給与等の支出は派遣先の地方公共団体の負担とすると規定していることに照らすと、本件派遣職員に対し、前叙のとおり専ら控訴人の業務に従事し、派遣元である上尾市の業務に従事せず、しかも上尾市の上司の具体的な指揮・監督のされていない期間について給与等を支給すると定めることは許されないというべきである。

したがって、本件協定書の前記条項は、地方自治法第二〇四条の二に違反するものであるといわざるをえない。

3  そうだとすると、本件協定は強行法規に反する違法な事項を内容とするものであり、公序良俗に反する契約として無効であると解するのが相当である。

控訴人は、本件協定が公序良俗に反するかどうかについての判断は、控訴人の主観的な側面を考慮すべきであると主張するが、法律行為の内容が公序良俗に反して無効であるとするについては、その内容が公序良俗に反することについての当事者の認識を必要としないと解すべきであるから、右控訴人の主張は採用できない。(なお、本件にあっては当の上尾市の代表者・市長と控訴人の代表者・代表取締役とは同一人であったのであるから、控訴人は右違法を知り、少なくとも知り得べき立場にあったものといわざるをえないものである。)

三  そうすると、控訴人は、法律上の原因なくして本件派遣により派遣された職員から労務の提供を受けたことによってこれに相当する利得をし、一方、上尾市は本件支給をしたことによってこれに相当する損害を被ったということができる。控訴人の利得は、ほかに特段の立証がない本件においては、上尾市が負担した本件支給の額と同額とみるのが相当である。

したがって、控訴人は、上尾市に対し、本件支給額と同額の三六六二万八七三四円を不当利得として支払うべきである。

四  控訴人の不法原因給付の主張は、強行法規に違反して無効とされる法律行為の履行がすべて不法と評価されるわけではなく、禁止規定の趣旨が社会一般に浸透していて、それに違反することが嫌悪すべきものであることがかなりの範囲の人々の共通の意識となっている場合にのみ不法と評価されると解されるところ、本件支給は右に該当しないことは明らかであるから、採用できない。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官一宮なほみ)

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